闘病記

【統合失調症】闘病記1急性期!陽性症状

【統合失調症】闘病記1急性期!陽性症状

リカバリーの歩みを進める、ダイキジュンです。

今回は闘病記1。

私の闘病記の第1章です。

統合失調症の発症から精神科の受診、そして精神科病院への入院から退院までをお伝えします。

【統合失調症】発症

私は、2016年の夏に突然、幻聴と妄想に見舞われて統合失調症を発症しました。

発症して約2か月間は、未治療でした。

私も家族も統合失調症という病気を知らず、家族に話をした後も家族が私の言う話を信じてくれていたため、病院に行くという選択肢が初めはなかったのです。

私は、誰もいないのに知人の声が聞こえる幻聴と、誰かに監視されているという妄想を、実際に起こっていること現実的なことだと信じて疑いませんでした。

そのため、最初の約1か月は誰にも話さず、自分自身に起きた事実として静かに受け止めていました。

それから1か月経った頃、幻聴と妄想が深化して、姉に話をするのです。

幻聴と妄想を事実として、昔の知り合いが近所に引っ越してきて盗聴器を自宅に仕掛け、私を監視していると話をし相談しました。

それを姉は、もっともらしいストーリーだったため、すべて真実として信じて聞いてくれていました。

しかし話は徐々に、トイレや浴室まで盗撮されている声が聞こえる、外にいるまったく知らない殆どの人が私のことを知っていて私の居場所を連絡し合っているといった、非現実的な内容に及ぶようになりました。

そして、どうやら様子がおかしいと感じて、病院で診てもらった方がよいのではないかと姉が考えたのが、発症から約2か月後でした。

【統合失調症】精神科の受診

私には病識がありませんでした。

しかし姉を信じていたので、姉と、ある精神科クリニックに行きました。

診察を受けると、入院がすぐに必要な状態であるとのことで、入院施設がある病院の紹介状を書いてもらい病名は告知されずにその日は帰宅しました。

ところが、私が入院だけは嫌だと断固として拒否したため、姉は外来通院での薬物治療で何とかならないかと考えてくれました。

そして、別の精神科クリニックに行き診察を受け、また病名は告知されずに薬が処方されました。

その時処方された薬は、現在飲んでいる薬とは異なる薬でした。

私は自分が何かの病気であるとは思いもせずに、ただ姉だけを信じてその薬を飲みましたが、効果は現れませんでした。

私の幻聴と妄想は次第にひどくなってゆきました。

実在しない6名の男女の声が代わる代わる聞こえ、街中が私のうわさで持ち切りである気がしました。

症状が一向に良くならない中、幻聴と妄想が元で姉と言い合いになった日の翌朝、それを覚えていなかったことに恐ろしさを覚えた私は、自分から入院すると姉に告げました。

現在通院する精神科病院へ、最初のクリニックでもらった紹介状を持って行きました。

しかし、診察を受け入院施設も見学しましたが、その日の担当医師は入院は必要ないと判断しました。

やはり病名の告知もなく、また違う薬が処方され帰宅するのでした。

【統合失調症】精神科病院へ入院

さらに症状は悪化し、ある日頭が混乱して過呼吸のような状態になり、救急車でその精神科病院に運ばれて入院しました。

発症してから約4か月が経っていました。

療養環境、看護師さん方の対応は良いものでしたが、入院で私はどん底を味わいました。

閉鎖病棟の保護室で始まった入院生活は、2、3日で2人部屋に移されました。

私はその部屋で1人、凄まじい幻聴と妄想の中、24時間手足ををベッドにくくりつけて四肢拘束され、1週間ほど点滴をうたれました。

そして、自分の意志で排泄ができなくなりました。

食事はリクライニングベッドを上げて、看護師さんに食べさせてもらいました。

身体拘束が解かれた後も私の幻聴と妄想は続き、身体はほとんど動かせず、目と口だけ動かせる状態が半月から約1か月続きました。

どん底でした。

とても哀れで、みじめで、残念でした。

もう終わったと思いました。

その後ようやく薬の効果が現れると、私の幻聴と妄想は徐々に和らぎ、内容が聞き取れない2人の女性のささやきだけとなり、程なくしてそれもすっかり消えてなくなりました。

それと同時に、身体が自由に動かせるようになり、驚異的速さで私は、立ち、歩き、話し、自分の意志で排泄できるようになりました。

しかし私は、大きな精神的打撃から立ち直れずにいました。

【統合失調症】精神科病院を退院

入院から約2か月後、私は退院の日を迎えました。

家に戻り落ち着くと、私は洗面所へ行きました。

そこで鏡をまじまじとのぞきこみ、私はがくぜんとしました。

久しぶりに見る自分、鏡に映った姿は、まぎれもなく私でした。

ふいに私は、自分に残されているものを悟りました。

命がある。

身体がある。

私は泣きました。

涙が止まりませんでした。

私は生きているのでした。

どん底の中、確かに失ったものはある。

しかし、私は生きていました。

その時に私は生きよう。

前を向いて、また生きてゆこうと決意しました。

私は私を取り戻し、よみがえった瞬間でした。

闘病記2へ続く。

第1章の闘病から生まれたリカバリーの指針は「生きよう」です。